【そんなところに日本人】インドネシア横断旅:前編そのニ:辺境の街で暮らす日本人

その次は港へ行ってみる事にする。 

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上のように小学生ぐらいの女の子がスカーフをした状態でバイクの後ろに乗っている可愛らしい姿をよく目にする。子供×スカーフ×バイクという何故か凄く印象に残るライフスタイルであった。 

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海が見える道沿いにはとうもろこし屋台が沢山あって夕日を見ている人が沢山いた。とうもろこしを食べながら日没を眺めるのが地元で流行っているんだとか。

またフェリーターミナルでは周辺の島へ行くための船が出ているそうだ。特にサバン島はダイビングスポットとして人気があるそうで現地在住の日本人女性もダイビングショップで働いているのだそうだ。

地元の人達の暮らしが気になって家を見せて貰えないかと頼むと友達の家へ連れて行ってくれる事になった。しばらく走って閑静な住宅街の路地へ入ると, そこには親子3人で暮らす小ぶりな友人宅に入れて貰った。

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ブラウン管TVを久しぶりに見た。長く使っているそうで, 最近は薄型の方が安いそうだ。棚の上には結婚式の写真が沢山飾ってあった。電気は引いているが, 水は整備されておらず井戸と飲料用には飲料水を買っているそうだ。

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隣の小屋にはパン工房があった。

彼はガイドと同様にベチャのドライバーなのだが, それだけではやっていけず副業として毎朝パンを焼いて, カフェの隣に屋台を出して売るそうだ。

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上の機械はスマトラ大津波の時に遠くまで流されたそうだ。そして下の機械のように見付けられなかったものは新しく購入したので一つだけピカピカだ。使っている機械は6万5千円や8万円ほどするそうで, インドネシアの平均年収を考えると相当大きな経済的負担であった事が分かる。

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この後, バスターミナルへ行って貰い, アチェ州第二の都市であるロクスマウェ行きのチケットを購入した。値段は1000円弱である。といっても大型バスターミナルは別にあるそうでワゴンタイプのバスターミナルのようだ。駐車場の周りには沢山のバス会社がチケットオフィスを構えている。

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上のPT. PUSAKAという会社でチケットを購入した。バスは一時間おきに出ているそうだが, 翌日の予定を考えて, 正午にホテルのロビーまで迎えに来て貰う事にした。どうやら日本人がここに来るのはやはり珍しいそうだ。

お腹が空いたのでローカルレストランでミーゴレンを食す。アチェのミーゴレン(焼きそば)はミーアチェとも呼ばれ他の地域とは異なるそうだ。特に太い麺と辛い味付けが特徴だそうで, 麺がモチモチしていて美味しかった。二人分の食事と飲み物代で220円程度。さすがの安さ。

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食後に向かいのカフェでコーヒーを購入。ここは外国人も買いに来る事のある有名店だそうだ。特に有名なコピ・ルアクが100円くらいで飲む事ができる。コピ・ルアクは日本だと数千円もするような世界一高いコーヒーと言われている。日本はもちろんの事, ジャカルタバリで飲んでも高価で貴重な珈琲だが, ここでは恐ろしく安い。でもガイドはジャコウネコの糞から出来たコーヒーだが俺は飲まないんだそうだ。お土産を持って帰りたかったが, 旅を始めたばかりのタイミングで荷物を増やしたくなかったので断念。

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この後ガイドの友達である現地在住日本人の家を訪問した。彼は元々プーケットで漁業を営んでいたそうだが, スマトラ地震でプーケットが甚大な被害を受けた後にスマトラ島へ来たそうだ。アチェに来た当初はインドネシア海軍の基地に漁船を停泊させてもらっていたとの事。ここでは日本人が三人ほどいてもう一人も漁業関係で来ていて, もう一人は欧米人と結婚してサバン島のダイビングショップを夫婦で経営しているのだそう。

また付近のサバン島へ行った時の話を聞いたのだが, 住人に渡された島の地図には日本語がしるされていたそうだ。戦争中に日本軍が製図した地図が非常に精巧でそれが今でも使いまわされているとの事。また島には日本人の墓もあり明治の頃より日本人が来ていたそうだ。マラッカ海峡の入り口にあたる要衝なので日本人の漁師達なのだろうか。。彼が訪れた時にはもちろん草木に埋もれた状態だったそうなのだが、地元住民にお金(当時初めてきたばかりの頃で相場がよく分からず数万円渡したところ)を渡して一日にして完璧に奇麗に掃除がなされたのだとか。

ところでアチェは美人が多いそうだ。 確かにこの街では東アジア系の顔立ちの人は多くないように思え, メダンとは違うなと思っていたところだ。聞くと, ここではヨーロッパ・インド系の顔立ちの人も多いという。碧眼の人もたまにいて田舎の村ではその遺伝子が途切れないよう皆で守る風習があるとも聞いた。その時はへーそんなこともあるのかと他人事のように聞いていたが, 翌朝ホテルのレセプションでチェックアウトするときに気づいた。

目の前のホテルスタッフの女性が碧眼だったのだ。灯台下暮らしというのだろうか。まさかこんな身近にいるとは思わず驚いた。この人のように青目でなくともバンダアチェの人達はどこか他の地域のインドネシア人とは顔立ちが異なる気がする。やはりマラッカ海峡の入り口にあたる要衝のため海洋貿易の時代に欧州系の血が結構入っているのだろうか

他にも日本のTV局から取材の依頼がしつこいとかそんな話をしていて時間が過ぎてしまい日本人と別れたのは日が変わろうかという時間帯。お礼を言ってからホテルへ戻り, 最後に200,000RPと安物ではあるが, この日が誕生日だったドライバーに身に付けていた腕時計をプレゼントして再開を約束し寝床に着いた。