ディズニー映画のラーヤと龍の王国。ディズニー初の東南アジア地域を舞台とした映画である。
冒頭には物語の中の古代神話がでてくるのだが, この時の影絵のような表現方法はインドネシアの伝統芸能であるワヤン・クリという影絵からインスパイアされたものではないかと考えられる。ユネスコ無形文化遺産にも登録されたものだ。
また同じく冒頭にでてくる石の扉のような遺跡はバリ島の寺院に必ずある割れ門のイメージだろう。
さて物語の主人公ラーヤだが, 顔立ちはアジア的な平面さがあるものの, かといって日本や中国など東アジア系の薄目の顔とも異なる。それも東南アジアを舞台とした世界観故のものだろうか。ラーヤのかぶるトレードマークの編み笠はベトナムのノンラー。
幼少期のエピソードでは神聖な場所へ上がる際に靴を脱ぐ動作があるが, これも東南アジアの上座仏教やイスラム教などの宗教施設で靴を脱ぐ慣習を意識してのことだろう。
ラーヤが父親と闘うシーンでは迫力あるアクションが見られるのだが, この動作はフィリピンの伝統格闘技であるエスクリマ, あるいはインドネシアのシラットに似たもののようだ。これらは合わせてカリ・シラットとも呼ばれており, 格闘技といっても道具を使った動作もあるので映画のアクションとよく似ている。
そして何より飼いアルマジロのトゥクトゥクはタイ名物三輪カーのトゥクトゥクそのものだ。時を経て大人になったラーヤがトゥクトゥクを自らの乗り物としてしまうのも面白いコンセプトだ。
幼少期時代に他の4つの国を招いて集まった場面で用意していたスープはトムヤムクンのようでこちらもタイ名物だ。赤い唐辛子をスープに散りばめていた。
カリシラットを使いこなすラーヤにとってライバルとなるナマーリの戦闘はボクシングスタイルのようなもの。これはタイのムエタイ, あるいはミャンマーのダウェイやカンボジアのプラダル・セレイを意識したものか。これらは素手素足を基本とする脚技を含む立ち技格闘技だ。幼少期に父親が用い, 大人になったラーヤが使いこなす蛇行剣はインドネシアのクリス刀。
さてここからはこの世界に出てくる5つの国の舞台設定を考察する。
ラーヤの出身地はハート。
ジャングル奥深いこの国は雨が沢山降る東南アジアの気候そのものだ。そして同じく東南アジアを想起させるのがタロン。5つの国が交差する立地によって栄えた水上マーケットが名物で, このような水上集落はブルネイやカンボジアのトンレサップ湖, フィリピンのバジャウ族の集落などなど東南アジア各地に存在する。屋台にランタンが沢山つられているのはベトナムのホイアンのイメージだろうか。編み笠を被って歩くラーヤは街の背景によく溶け込んでいるが, それもそのはず編み笠の名産であるベトナムの古都フエはホイアンのすぐ近くの街である。
ディズニーでランタンといえば塔の上のラプンツェル。ラーヤでも川に華を浮かべるシーンがあった。ラプンツェルのクライマックスのランタンを沢山飛ばすシーンはタイ北部チェンマイのコムローイという祭りでみられるものだ。
ハートやタロンが東南アジア感全快の一方で他の国は全く別のテイストだ。 テイルは砂漠の国だし, スパインは日本のようなイメージ, ファングはギリシャのような雰囲気だ。
ファングではペルシャ猫やギリシャ神殿のようなオリエント世界が描かれており一見すると中東・南欧からインスピレーションを受けているようにも思える。ただこの左右に大きく伸びる特徴的な屋根の形はインドネシアのスラウェシ島のトラジャ族の伝統建築であるトンコナンとよく似ている。建物で言えば他にも東南アジアでしばしばみられる高床式や高い屋根の建物が作中ででてくるのだ。
スパインは東北や日本海側での狩猟、雪、竹、紅葉、合掌作りの文化をイメージしているような気がする。ただでてくる山の形はマレーシアにあるキナバル山に似ているようだ。
いずれにせよどこの国の舞台設定にも東南アジアの要素が加えられているように感じられた。