【中東のパリは商社マンの郷愁】レバノンのベイルート二日目:戦争の痕跡との巡り会い

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朝ホテルでご飯を食べてから街歩き開始。

先ずはベイルートスークへと向かう。移動手段は配車アプリUberによるTaxiである。

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道路は少し混雑気味だが、気持ちの良い快晴の地中海沿いを走っていく。中東地域とはいえアラビア半島の過酷な気候とは全く異なる地中海性気候。

途中には観覧車もあった。

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スークというと中東の昔ながらの市場のイメージだが実際には高級ショッピングモールであった。

細い路地裏などディープなアラブ世界を見せてくれるスークのイメージを根本から覆されてしまう。流石は中東のパリと言われるだけある。

ただし内戦によりかつての伝統的なスークが徹底的に破壊された後に再建されて現在の姿となった事も忘れてはならない事実だ。2024年現在ガザ紛争から始まる危険な中東情勢に巻き込まれたベイルートだが歴史的にも破壊と再建を繰り返してきた街である。

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ただそういった近代的な街並みの中に古代の遺跡が街並みに紛れて自然と残っているのがこの国の特徴でもある。ビブロスという名前のアルファベット発祥となった町もレバノンにある。

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スーク近くの元ホリデーインへといってみた。

何故ここに来たのかというとレバノン内戦の痕跡が生々しく残っている場所だからである。ビルの側面には攻撃跡がびっしりと残されている。

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取り壊されないのが不思議なくらいだが遺構として残そうとしているのだろうか。

かつてのレバノン内戦は, 対立する双方が通りを挟んだホテルを要塞化して軍事拠点とし撃ち合いをしたためホテル戦争とも呼ばれている。ある意味戦場跡地といえるだろう。

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ダウンタウン中心部へと移動。

先ず見つけたのはキリスト教会

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面白いのが教会の掲示板なのにアラビア語が表記されているのだ。アラビア語といえばコーランをはじめとするイスラム教に直結してイメージしてしまうが実際にはアラブ人クリスチャンも存在し、フランス植民領時代のシリアから政治的意図により切り離されて成立した国だけあってレバノンはそうした人達が多く住んでいる国である。 

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教会には光が射し込んで神々しい雰囲気。建物自体もかなり古そうだ。

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街中を歩いているとローマ時代の遺跡を発見。ハマム(銭湯)の後だそうだ。

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そしてやってきたのは教会の隣にある大きなモスク。

ムハンマドアミンモスクである。教会とモスクが隣り合うのはベイルートならではの光景だ。

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モスク前には多くの人がたむろしている。

またモスク横にはかつて暗殺されたハリーリー元首相の廟もある。

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モスクの中へ入っていくと広々とした空間に絨毯が敷かれている。照明は豪華なシャンデリアが複数。

来ている人達は記念の写真を撮ったりと宗教施設の割には荘厳というよりも和気あいあいとした雰囲気が漂っている。

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大統領官邸へとやってきた。

自分の訪問後にレバノンではデモが発生して大統領は辞任してしまった。 

https://www.asahi.com/articles/ASMBY7QCCMBYUHBI03S.html
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ベイルートの道路網インフラは東京のような立体的で曲がりくねった道路が多い。

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カフェで一休憩。通りを見ていると通行人はお洒落な人の多い印象だ。

下の写真のようにストリートミュージシャンがいるのも中東ではなかなかみかけられない光景だ。

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市民の憩いの場でもある海岸沿い。その名所となっている鳩の岩

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夕焼けから日没の時間帯は多くの人が集まって地中海を眺めている。観光用のボートで周りを走るツアーもあるようだ。

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鳩の岩を眺めていたらすっかり日が暮れてしまった。

海岸沿いのお洒落な建物には良い雰囲気のレストランやカフェが入っている。

当地にはレバノンコーヒーというものが存在するが、所謂トルココーヒーと呼んでいるものとほぼ同様のようだ。地理的に近くオスマン帝国時代など多くの影響を受けている故だろう。

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また物乞いがいたのもこの街の特徴であった。

レバノンはイスラエルと隣接するため沢山の難民が流入している国である。

タクシーで信号が止まった際にも花売りがかけ寄ってきたりと, 美しい部分だけでなく戦争の現実と隣り合わせの国である。

宿泊したホテルの受付もISや内戦でかつて紙面を賑わしたシリア出身で働きに来ていた人達であり、考えさせられる事も多い街である。

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