以前にベトナムのホーチミンからスタートしてシンガポールまでバス・鉄道・船で旅をした。

後半はずっとマレー半島を南下していきシンガポールまで無事に辿り着いたが, 今回はインドネシア横断旅の一環としてマレー半島西部に平行するスマトラ島を縦断していく。
インドネシア横断をもくろみ西端のスタート地点となるバンダアチェの街へ行くためバンコクを経由(余談だが出国する際に国境審査管がPCの画面丸出しで対応しているところが無防備なアジアらしさ丸出しでなんともほっこりとした気持ちになった)してエアアジアXでインドネシアのスマトラ島最大都市メダンに降り立った。
スマトラ島は世界でも屈指の大きさを誇る島である。インドネシアというと外国人がよく訪れるジャワ島やバリ島の存在感が強いが元はといえばインドネシア語もこの島のマラッカ海峡地域言語である。また独立の英雄ハッタの故郷であり,スカルノが第一夫人(デビ夫人ではない)と出会った島でもある。
そんなスマトラにおける最大都市はマラッカ海峡に面するメダンである。民族としては華僑が多い街としても知られている。昭和初期に訪れた金子光晴もからゆきさんがいる日本旅館に宿泊したのそうだが, 戦前には何百人もの日本人がこの地に住んでいたという。
かつてメダンの空港は街から程近いところに位置していたが,今は郊外に新しい空港が建設され使われている。クアラナム国際空港だ。降り立ってから到着口まで進むための案内看板にはインドネシア語, 英語, アラブ語, 中国語に加えて日本語表示まであった。国際線の到着口を降りたところBaggage Claimが3レーンぐらいしかなく国際便の本数はまだまだ少ないようだ。


インドネシアはイスラム教徒が主流なのだが, 到着口には電飾に包まれたクリスマスツリーが出迎えている。この後に向かったアチェ地方ではクリスマスの雰囲気など全くなかっただけに同じインドネシアでも全く違う趣きがある。
まだ今回の旅程を決めていなかったため, 空港到着口を出たところにある観光案内所で話を聞く。

寄ってみようと考えていたロクスマウェやブラスタギの行き方を尋ねるとロクスマウェには飛行機, ブラスタギにはタクシーだという。
いやそうではなくてローカルバスではどうやっていけるのかと聞くのだが, ツーリストバスが空港から出ているとの事。市内からはどうやってと再度尋ねると色々説明してくれたが英語の発音がはっきりせず聞き取れなかった。地球の歩き方の記載を見ながらどこのバスターミナルから出ているのかと聞くと意外な回答。
いやバスターミナルにはすりが沢山いてギャングの縄張りだから行くのはやめておけ
と。。。ええー!そんな事あるのか!とショックを受けるのだが, ここはインドネシアで最も治安の悪い都市という不名誉な称号を持つ街だ。ネットで調べても過去の恐ろしい事例が出てくる。。。
流石に噂は伊達ではないな。。。
メダンからバスで移動するまでには, まだ日にちがあるのでその時までにもっと情報収集しておこうと決意。最後に係員が市内から乗れるバスのメモを書いてくれた。グチャグチャ書いてあって最初よく理解できなかったが, これが後で役に立つことになった。とりあえず治安の悪さは嘘ではないという事を確認でき市内へ向かう事とする。

空港を出て最初の問題は街中までどうやっていくのかという事なのだが, メダンでは最新の電車(エアポートレイルリンク)が設置されている。電車といっても人々が沢山使っている完全にローカルな移動手段というわけではなかった。どうやら一般の人はより安価なバスで移動しているようだ。確かに電車の運賃は100,000(770円ぐらい、カード代込みで120,000)とインドネシアにしては高い。空港を出てすぐに電車の駅が目の前に現れる。

観光ランキングではこの電車が最も評価が高いとか。。。どんだけ観光資源に乏しいんだよ!という突っ込みを入れたくなってしまう。切符を買おうとするのだが, 現金を受け付けないらしく手持ちのクレジットも何故かエラーが出て使えなかった。
元から電車を使うつもりで鉄道駅の真上にあるホテルを予約しておいたし, バスでの行き方など調べてはいなかったし, 使ったとしても先ほど警告を受けたバスターミナルに止まってしまうだろう。何とか方法はないかと相談をしてみるとICカードを買ってくれるなら現金でも受け付けるとの事だった。チケットとカード併せて120,000ルピア, 千円ほど。


早速カードを購入した上でチャージ分を使って切符を購入。ICカードはBRI銀行という老舗の国営銀行が発行するものらしい。デザインは昨夏に開催されたアジア大会2018を記念したもののようであった。(後で知ったがこのICカードはインドネシア各地で使用可能のようだ)
電車の出発まではしばらくあったので一旦空港に戻って出口の警備員にsimカードは買えないかと尋ねると案内してくれた
普通空港ではsimカード売り場が何個かあるものだが, 外国人観光客が少ないのか分かりにくい場所に一つ店舗があるのみだった。そこでカードを85,000ルピアで購入して10分程かけてセッティングして貰う。


終ったころには発車十分前になっていたのですぐに駅へ戻って電車に乗り込む。しばらくすると無事に発車した。
新興国にありがちな乗り心地最悪な鉄道ではなく, 大きな揺れも感じないスムーズな走りである。社内には客が少ないものの, なかなか清潔に掃除されている。



最初はのどかな田園風景の中に時折家屋を見かけるのみだったが, メダンの街に近づくへつれ段々と都市らしくなってくる。何より線路沿いにスラム街があり簡素で小さなボロ小屋が沢山広がっているのだ。国有鉄道の敷地に無断で建てられたものだろうか。




出発から30分ほどで到着すると駅の真上にあるホテルへチェックイン。到着したメダン駅はなかなかの大きさだったが駅といっても大して多くの人が行き交うような場所ではなかった。駅周辺には明らかに中国系とみられる建物も見受けられた。やはり華僑経済の街なのであろう。駅は庶民が普段使いするようなところではなさそうだと感じた。


ホテルで荷物を整理したあとに地球の歩き方に書いてあった両替所エリアへ行く。歩いて15分程の場所なので歩いて行ってみることにした。メダンは駅から少し離れると中心街でもどこか鬱蒼とした雰囲気があった。歩いている人があまり多くないのだ。確かに建物に植民地時代の趣が少しあり, どことなくマラッカやジョージタウン, プーケットタウンにも似ている。
しかし, 商店がはいっておらずシャッターの閉まったビルが多数あってしかも落書きが結構酷い。ちょっと夜は歩けない雰囲気だろうかと思う。


そして歩き始めてから五分後, 交差点で信号が変わるのを待っていたら
目の前でバイクが自動車に轢かれる。
えーなんじゃこりゃ!交通整理する警察官(もしくは交通整理員)がすぐ近くにいたため, 対処はすぐに受けられたようだが, 初めてのスマトラで街を歩き始めて五分でこの事件はなかなか度肝を抜かれてしまった。
その先まで少し歩くと銀行街に入った。両替所エリアというのは両替店舗があるのではなく銀行が沢山あるエリアの事だったようだ。しかしこの時既に夕方5時, 銀行は既に閉まっていて両替などできなかった。仕方なくクレジット支払いの配車アプリグラブで移動して観光することにする。
最初に英雄墓地へ行ってみた。 ここはジャワ島のカリバタ英雄墓地と同様に独立戦争の烈士が眠っている。タクシー運転手は当たり前のようにシートベルトをしておらず交通事故に対する意識は低いようだ。ただ人柄はフレンドリーでタクシーを降りる時に日本人が珍しいのか一緒に写真を撮ってくれとせがまれたので一緒に写真撮影。


降りた後に墓地へ入ろうとするのだが残念ながら, 閉まっているようだ。そこは入れないぞと近くの軽トラでパンを売っている屋台の親父に教えて貰った。といってもインドネシア語はほぼ分からないので, 雰囲気でそう理解しただけであるが。
せっかくだからと思いその屋台でパンをいくらか購入していった。すると10,000ルピア(77円ぐらい)でパンを7つも貰ってしまった。
ワンブロックいったところに街で一番大きいグランドモスクがあるので寄ってみることにする。途中に道を渡るために歩道橋を使ったのだが, モスク風建築様式の歩道橋であって興味深い。



モスクの敷地には入れたが, 今の時間はムスリムしか建物には立ち入れないらしい。時間が夕暮れ時だったため, なかなか良い雰囲気である。その辺のおじいちゃんと話するのだがインドネシア語なのでほとんど理解できない。おそらく明日の朝ならムスリムじゃなくても入れるよと言っているらしかった。インドネシア語で日本から来たと伝えると驚いた様子を見せる。

一番有名な観光スポットである旧王宮は既に閉まっている時間帯。どこか行くところでもないかと, とりあえずショッピングセンターへいってみることにした。ショッピングセンターはやはり近代的な雰囲気。皆こういうところに遊びに集まるのだろう。
だが結局ご飯はさっき買ったパンが嫌というほどあるので何も買うこともなく, 結局戻ることにした。帰ってからホテルの受付でさっきも尋ねてはいたのだが再度両替できる場所はないかと聞くとセンターポイントというショッピングセンターでできるという。さっき聞いた時はは中心街という意味なのかと勘違いしたのだが, どうやらそういう名前のショッピングセンターがあるようだ。駅前にあるため外へ出る必要もほぼない、道を渡るだけだ。




中は先ほど訪れたショッピングセンターよりも更に近代的で豪華な映画館やゲームセンター, 日本食チェーン店も入っていた。 映画はトランスフォーマーの続編や地元のホラー映画が上映されていた。
両替所はなかなか見つからなかったのだが, 確かにあった。でももう閉めたところだという。残念だったが明日の朝また来ることにしよう。クレジットカードで50,000ルピアのドリンクを購入して部屋へと戻る。
明朝は8時頃に朝食券をもって下のフロアへ降りる。レストランなど見つからずキョロキョロしているとスターバックスの店員が預かってくれた。なんとこのホテルの朝食はスタバのパンとコーヒーだったのだ。しかも一部屋につき二人分である。流石にスタバの朝飯はこの国でも美味しく大満足だった。

ご飯を終えて教会へ行く。日本ではあまり知られていないがこのグラハ・マリア・アンナイヴェランガンニ教会がメダンの観光先としては一番面白いと思う。昨夜同様にグラブで行ったが, なかなか下町らしい場所に立地していた。






英語版wikipediaのメダンのページではここの写真が最も大きく表示され, シンボルのように扱われている。確かに移民の多いメダンらしく, 普通の教会建築とはまた異なる様相を呈していた。ここはゴムやタバコのプランテーションのために華僑のみならず印僑(インド移民)も多い。聞くとインド系移民が建てたために, ヒンドゥー教のような南インド寺院建築様式が入っているのだそうだ。
帰る際には市場を通過したりと庶民地区の様子も見られることができた。また通りではシムカード屋台を何軒も見かけた。昔ながらの商売方法と現代の生活スタイルがミックスしていて何とも面白い。
それからタクシーで印象的だったのは必ずシートベルトをさせてドアロックをかける事。それだけ危険があるという事なのだろうか。


駅へ戻ったら昨夜行ったセンターポイントというショッピングセンターで5万円分をインドネシアルピアへ両替。
来た時と同じ電車に乗って空港へ行くため, マレというコンビニで10,200ルピア支払ってチャージ(うち200ルピアは手数料)してから, 空港への切符を購入。駅では関西ペイントの大きな広告があった。


来た時と同じ眺めをもう一度見て空港には出発三時間程前に到着した。
ライオンエアは事前チェックインして印刷しておかないと手続き料を請求されるという情報も後で見かけたが, 空港の自動チェックイン機械が動いたため問題なくすんだ。

国際便ではないしBaggage Dropもないため, 印刷してからはすぐに出発ゲートまで来た。まだ三時間近くある。仕方ないので日本から多く持ってこなかったTシャツを100,000ルピアで買ったり, 昼ご飯に50,000ルピアのナシゴレンを食べたり, 65,000ルピアでカフェでまったりして時間を潰す。
流石に空港の物価は大分高めだなぁなどと思い巡らしながら出発時刻はまだかとゆっくりする。ボーディングタイムが来てようやくかと思いながらゲートに向かうと電光掲示板には
Last Callと表示されている。
ん?どういうことだ?と思いつつ係員にチケットを見せるとすぐに乗ってくれ!と。
どうやらボーディングタイムと出発時刻を取り違えていたようだ。この時点で既に出発時刻一分前であった。チケットチェックから実際の飛行機の場所まで結構離れていたため空港の通路を全速力で駆け抜ける。
なんとか飛行機の扉はまだ閉まっておらず飛び込むことができた。でも乗り込むと既に着席してシートベルトを装着したCAと目が合った。通路を通れないのでCAは席を立つ。はにかみ(じゃっかんひきつり)ながら会釈して通してもらう。
席まで行くと何故か自分のシートには他人が座っていたのだが, ほかに余っている席があったので着席する。なんでこんなテキトーなんだ!と不満に思いつつも, よく考えれば飛行機に駆け込み乗車が許されるのもこのテキトーさゆえんだろう。
シートベルトを締めて一息つき, 今回の旅のスタート地点となるバンダアチェへと飛び立つのであった。


