【交通事故とヤンゴン日本人墓地】ビルマ縦断その10:ネーピードーの休憩で別の行き先のバスと間違えて・・

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バガンで交通事故

陽も沈んだ頃パガンのホテルにバスターミナルへ移動するための迎えのバスが来た。バスといってもトラックの荷台である。このトラックがバスに乗る旅行者を集めるため色々なホテルをしばらく回っていく。

自分は荷台の後方に腰を降ろしていた。そしてニャウンウーの近くで比較的広めの道路にて一時停止していた時, 突然真後ろから強烈なドーンという音とともに衝撃がトラックに響き渡る。乗客全員が後ろを振り向くとそこには二台のバイクが横たわっていた。どうやら一台は観光客のレンタルバイク, もう一台は地元民のバイクで両者が交通事故を起こして片方のバイクがトラックに後方から突っ込んできたようだ。トラックの荷台に乗った我々乗客には怪我はなかったものの, 事故を起こしたバイクのの方にはかなりの衝撃力があったもようで, 何とか周りの助けで本人は立ち上がったものの, バイクの方はフレームが曲がったのかタイヤが回らない状況になっていた。もの凄い音がしたしとても不安であったが, 本人は大丈夫だという素振りなので道路横に休ませて運転手の友人に任せてバスターミナルへと進んでいった。

バガンからヤンゴンへ

小雨が降り注ぐ中でヤンゴンに到着したのは, 朝6時半頃であった。

元々の予定ではバガンからインレー湖方面や首都のネーピードーに立ち寄っていくつもりであったが, 日数が足りなくなってしまったので, 結局どちらも飛ばしてミャンマー最大都市ヤンゴンへ行く事としたのだ。

ミャンマーのバスは意外にも快適であり, 自分が乗ったのは3列シートのVIPバスではなかったのだが, それでもシートは横幅が十分に広く, リクライニングも結構できるし, 軽食も配られ, スマホの充電用USB端子まで付いているなど, 日本の長距離夜行バスよりよほど心地よく移動する事ができた。

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利用したのは大手バス会社であるE-lite社のバスである。旅行者にも人気のバス路線のようだ。

一点気を付けなければならないのは, 大手だけあって様々な路線を走らせているため, 深夜二時頃 ネーピードーでトイレ休憩した際に同じ会社のバスが何台もあり, しかも目的地を書いていないため(書いてあるものもあるが間違っていたどのバスに乗ってきたのか分からなくなってしまう事だ。(しかも深夜なので寝ぼけている)

最初全く別路線のバスに乗り込んでしまい, 危うく他の町に連れていかれそうになったので利用する者がいれば気を付けてもらいたい。(バスを覚えない自分が悪いのだが。。)

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そのネーピードーの休憩所だが, 高速道路を降りたサービスエリアのような場所になっている。建物やトイレはすごくきれいで, 日本における高速道路のサービスエリアのような近代的な建物であった。

また道路もこれまでとは打って変わって振動もあまり気にならず, ミャンマー最大の都市であるラングーンことヤンゴンと, 首都を結んでいるだけの事はあるなと感じさせられるこの国で最も良い整地状態であった。

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噛みタバコのキンマも販売。

ヤンゴンへ到着

さてヤンゴンの北に位置する長距離バスターミナルに到着すると, あらかじめ調べていたある場所へ向かう事とした。そこは地図上で1, 2kmと歩けなくはない距離であったため, バスターミナルに着いたらどっちの方角へ向かったら良いか, 確かめようと思っていると案の定タクシードライバーが沢山集まってきた。

彼らはダウンタウンへ行くのか, とか20,000kyatsでどうだとか話を持ち掛けてくるが, 何となく憶えていた相場より大分高いので, これから近くまで歩いていくんだと何度か繰り返し答えると大方は去っていってしまった。(ちなみにヤンゴンについて2番目に止まるバスターミナルが終点。最初に停車したバスターミナルは規模が小さいので注意)

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最後に一人だけ残った人の良さそうなドライバーがその場所へ寄ってからダウンタウンへ向かうなら乗せて行ってやるぞと言うので待機時間料金も含めて15,000kyatsで合意して向かう事とした。

さて, この時に向かった場所だが, それはイエイウェイ墓地という場所であった。

バスターミナルを出て, 大通りを少しだけ走ってから, 人や自転車が行きかう通りに入っていった。どうやら朝市のようなものが開かれていたようだ。時間帯柄か通学中の女学生を多くみかけた。

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そこを10分程走っただろうか, 外れの方まで来ると墓地の入り口に来た。入り口には『ヤンゴン日本人墓地』と記されている。

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中に入っていくと, 結構広い敷地内に墓石や石碑が沢山並んでいる。石灯籠もある。元々調べてはいたのだが, ガイドブック等に出ているのはいつも一番大きな慰霊碑のみであったので, これほど沢山のものが並んでいるとは思ってもみなかったのだ。

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一つ一つ見ていくと実に様々なものがあるという事が分かった。ビルマの竪琴の主人公のモデルとなった人の墓など太平洋戦争に関するものからJICAの飛行機事故犠牲者まで様々な人の物語が感じられた。

途中で雨が小雨から本降りになってきたので, 一番大きな屋根付きの慰霊碑に入り, 雨宿りをしながら, 訪問者ノートに記帳をする。この慰霊碑には供えられた花瓶の他にも千羽鶴が吊られている。

墓地に入った時から何となく人の気配を感じていたが, 彼らはどうやらこの墓地の掃除をしてくれている地元の方だったようで, 気付いたら一緒に雨宿りをしていた。他国の人の墓のために, こんな朝早くから墓地の清掃をしてくれるなんて有難い事である。記帳する所の前方にある桶には彼らに対するお金を寄付する事ができるようで, 自分も10,000kyats置いておいた。記帳ノートを見ると,  結構な数の日本人が訪れているようで毎日平均して7人ぐらい訪れていた。そういえば日本の閣僚もミャンマーのこの場所を訪れていたなと思いだし, 訪問日を調べてみたが, どうやら記帳はしていかなかったようだ。

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雨がおさまるまで30分程待ってから, ようやく出る事とした。ホテルを予約していなかったので, 雨宿りしている間に調べておいた評判が良くて部屋の空きがあるヤンゴン中央駅近くのダウンタウンのホテルまで行ってもらう。

朝8時頃の道中は通勤ラッシュの時間だったようで, 沢山の自動車とバスが渋滞の中走っている。この国ではバイクは流行っていないのか, ベトナムやタイほどは多く見かけなかった。その代わり日本の中古車を多く見かけた。そのため, 日本車用の右ハンドルと左ハンドルが混在するというカオスな状態であった。

公共バスもかつては日本の中古車が多かったようだが, 近年に自動車は右側通行に変更されたためであろうか, 左ハンドル仕様である韓国の中古車を多く見かけた。

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渋滞を抜けてダウンタウンの大きなパゴダも見えてきて, ようやくホテルに着くと, まだ朝の8時半くらいであったが, 親切にも部屋に入れてもらう事ができたので, シャワーを浴びてから昼まで少し睡眠をとる事とした。