名古屋にて友達の家に泊まった翌日, 伊勢道に乗って三重県松阪へ。
ここで更に現地在住の友達を拾う。


桜を見ながら更に南下していき, やってきたのは志摩半島。


桜並木を通っていく。


山の上に城が見える。
何故こんなところにと思っていたら, この城伊勢忍者キングダムという施設に建つ安土桃山城をイメージしたお城であった。



かつて漁師たちの待機する風待ちの島であった渡鹿野島へ。
沖合には釣り人が何人か見える。
橋は架かっていないがすぐ目の前なので, 渡し舟に乗ってすぐ上陸にできる。船は結構な頻度で運行しているようだ。



上陸すると観光案内図があった。
島がハート型の形をしているところをアピールしている。


渡鹿野島はかつて船が立ち寄って物資を積み込みつつ航海のための良い風を待つ風待ちの島であった。
江戸時代には江戸・大坂を繋ぐ菱垣回船・樽回船が増え, 待機中の船乗りたちを相手にした芸妓や遊女が集まり遊郭街として栄えた。



帆船の時代が終わると、遊興的な雰囲気だけが残ることになる。文壇の谷崎潤一郎らもここを訪れた。
バブル頃までは現在の様子から想像もつかない程に栄えていたようだが, 今ではその面影を感じる事も難しい昭和遺産である。


路地が入り組んだ街並み。
奥の方には廃墟と化したホテル跡もあった。



かつては社員旅行のような団体客で賑わっていた名残だろうか、今は残された施設だけが歴史を感じさせる。


島のインフラは剥き出しのパイプラインが担っているようだ。
立派な公共施設もある。


立派なホテルもある。
ただ大きな施設がある割に人影がまばらなのが, この島のかつての繁栄と衰退を物語っているようだ。


路地を抜けていくと神社も発見。
ここの祭りは地元では結構有名だそうで200年の歴史があるそうだが2021年の大祭はコロナと島内人口の減少高齢化により開催できないそいだ。
