インドネシア横断旅その二十:バリ島編

イジェンの登山から戻ってきた後、前日宿で買っておいたバリ島行きのバス・フェリーチケットでバニュワンギの港へと向かう。

そしてジャワ島東端のバニュワンギ港へ。イジェンから下山したばかりで疲労も蓄積したままだが遂にジャワ島横断成功である。

久々の海が美しくて風が気持ち良い。

バリ島行きのフェリーへと乗船。

インドネシア国土において著名な両島を結ぶだけあって結構大きなフェリーで運ばれる。

旅で何度もお世話になったPop Mie。フェリーで食べるとなおさらに美味しいのが不思議。

地元の子供が海へ飛び込んで乗船客からの投げ銭をおねだり。

出港してすぐにバリ島へ。5kmくらいしかないのですぐに到着。実際の移動時間よりも乗降にかかる時間の方が長そうだ。

フェリーで出会った地元の家族。

バニュワンギのクタパン港からバリ島のギリマヌ港へ。

到着。ここからバリ島中心部までは更に距離があるためバスで移動しなければならない。

家畜も一緒に移動する。

ミニバスでバリ島内を移動。

そしてやってきたクタビーチ。バリの中心部だ。この旅における大きな移動はここまで。

夕食は吉野家。久々の日本のソウルフード。

バリ島の夜はさながらナイトクラブのよう。これまでのインドネシアの街とは大違いなのでびっくり。

特に地理的に近いオーストラリアからの観光客が多いようだ。ただし、文化摩擦もあってかナイトクラブにおけるテロ事件も過去には起きている。こちらはその犠牲者のためのモニュメント。

本日の宿。日本人が経営するお洒落なゲストハウス。朝食にはトーストと玉子焼きとソーセージ。

遊べる遊具が沢山。

宿では衣料品などの特注グッズも販売。Tシャツをお土産に購入。

お昼はカフェで休憩し、そのあと次の日に泊まる宿へと移動。お洒落さはないが中心部に近く便利なゲストハウス。相部屋。

宿の周りを散歩。この日は大晦日。警備体制にあるようだ。

インドネシアでの年越しは花火などをあげて祝うのが一般的のようだ。路上の屋台で年越しグッズが販売されている。

ビーチの近くでは観光客相手の土産物屋も多い。

町中には宗教寺院も多い。インドネシアではイスラム教が主だがバリ島ではヒンデュー教が多数となっていて国内でも独特なポジションにある。

街なかの裏路地。こういったところを歩くのが面白い。

狭い路地を躊躇なく多数のスクーターが駆け抜けていくのがアジアらしい光景だ。

夜間には色とりどりにライトアップされる昼空下のテロ犠牲者追悼モニュメント。

お洒落な雑貨やカフェが数多くビーチ近くに立ち並ぶ。

クタビーチへとやってきた。

何気なくその辺に立てかけてあるサーフボードを見ると・・

ん・・!?よくみるとリスらしきものを発見。

そしてサーフボードから木へと飛び移る。

段々と陽も沈み夕焼け空へ。

人々を背中の背後にある大晦日の夕日。

とても絵になる美しい光景だ。

日も落ちて少し薄暗くなってきた。

日没すると誰かが手持ちの花火を打ち上げ始めた。これがインドネシア流の新年のお祝い方なのだろうか。

ガンガン打ち上がっていく花火。年越しにはまだ少し早いのだが・・

一回ビーチから離れる。ビーチの出入り口には大きな割れ門。これがバリ島の象徴のようなものだそうで同様のものが島内各地にある。

この日は泊まっていないのだが前日宿のオーナーから年越しパーティーに誘われていたので参加してみることにした。

宿の年越しパーティーには宿泊者の日本人家族や旅人・近所の人たちや動物まで集まってくる。

肉を焼きながら参加者と飲み食いして年越しを待つ。そして気付いたらいつのまにかの年越し。遠くの空に花火が上がる。

微妙に遅れてしまったが、慌てて準備されていた花火を打ち上げる。日本だったら禁止されてしまいそうだが、こちらの流儀に従って手持ちの打ち上げ花火で飛ばす。花火自体は小規模なものだが間近で上げるから想像以上の迫力。

バリ島に根差したなかなか良い日本宿であった。

そして今晩の宿へと帰る。翌朝バリのデンパサール空港へ。

スマトラ島北端のアチェから始めてスマトラ島、ジャワ島を横断してたどり着いたバリ島。でも終わってしまえば結構あっけなかったような気もする。スマトラ島に比べればジャワやバリは人が多く交通の便も良いので難易度がさがっていくのも要因だろう。


好奇心を満たす意味ではスマトラ島の方が面白かったが危険な火山や人々の生活を垣間見たジャワ島もなかなか面白かったインドネシア横断旅もこれにて一端終わりとしたい。この国はまだまだ開拓したい場所が無数にあるがそれはまた別の機会に。